2018年7月26日
同時通訳の基礎スキルをシャドーイングで効果的に訓練する方法
エバンス愛

通訳になりたい人なら、「シャドーイングは通訳者を目指す人のためのトレーニング法」という話を聞いたことがあると思います。
私自身は実はそれを全く知らず、ふと目にした英語教材でシャドーイングが紹介されていたのを見てシャドーイングを始めました。当時は塾講師をしていましたが、将来通訳をするなんて全く想定していなかった時期です。
ですが、シャドーイングを始めておよそ5年後、いろいろあって通訳としてのキャリアをスタートさせることになりました。
このページでは、通訳という仕事にシャドーイングがどれほど大きな役割を果たしているか、シャドーイングをどのように活用して訓練すれば通訳としてスキルアップできるか、どんな教材を使えばいいか、この記事でお話しします。
私の場合、通訳として採用されてhappy ever afterだったわけでは全くなく、そこからが地獄の始まりでした(笑)。なので、自分が力不足だった原因や、過去に戻れるならどのように英語のトレーニングを積むか、現在の私が考えることをお伝えできればと思います!
コンテンツ
シャドーイングとは?
このページを読んでいる方にはもうおなじみだとは思いますが、シャドーイングとは「音声を聞きながら、すぐ後ろについて発音していく」という訓練法です。
「聞く」と「話す」を同時に行う練習法で、もともとは聞きながら同時に訳すスキルが必要な同時通訳の訓練法として知られていましたが、最近は通訳を目指さない英語学習者にも幅広く実践されるようになりました。
シャドーイングの基本ややり方のコツについては、この記事をご覧くださいね。
シャドーイングは通訳に最低限必要な基礎体力
通訳以前の基本的な話ですが、通訳は英語をとにかく口に出し続けることが仕事なので(日本語もですが)、口の筋肉みたいなものが欠かせません。
少し英語を発音するとすぐに口が疲れるようでは仕事にならないので、シャドーイングを続けることで口の筋肉を鍛えることができます。
私がシャドーイングを始めた頃は、5分続けるのもしんどいと感じていました。口の周りが痛くなり、舌がつるような感じでしたが、シャドーイングを続けて10年以上経ち、今はレベルが高くない素材なら1時間でもシャドーイングを続けられるようになりました。
また、日本語と英語は発声も異なります。日本語は主に口先だけで浅い発音をしますが、英語は喉を開いてお腹から声を出します。シャドーイングをしてみると、自分の発声がお手本の英語よりずっと浅いことに気づけます。シャドーイングで英語音声を真似しながら、深い声を出す練習をしてください。
もちろん、英語らしいイントネーションやポーズ(間)の取り方もシャドーイングで身につきます。私は、シャドーイングに取り組む前は一本調子でしか発音できなかったのが、シャドーイングで発音とイントネーションが大きく改善されました。
通訳の英語の発音がネイティブと同じである必要はないですが、少なくとも英語スピーカーにとって分かりやすい発音であることは必須ですよね。クリアに英語らしい発音ができるようになるのに、シャドーイングなどの声を出す訓練は毎日続けることが大事です。
シャドーイングは同時通訳から訳す作業を引いただけ
通訳として働き始めたばかりの頃、先輩にどういう英語のトレーニングをしているか聞かれました。私は「シャドーイングは何年も前から毎日やってます」と言うと、「あ、じゃ、同時通訳もすぐできるようになるね~。楽しみだ」とあっさり言われたのでした。
そのときは、逐次通訳ですら毎回ノックアウトでボロボロで、どうやっても同時通訳なんて出来るわけないと思っていたので、「同時通訳ですか~? 10年後くらいまでには頑張ります・・・」なんて答えていたのですが、その数ヶ月後には、何とかかんとかですが同時通訳が出来るようになっていました。
「話す」「聞く」の両方を同時にやるなんてことは、普通の生活をしているだけではまず訓練できません。「話す」「聞く」が同時に出来ないのに、いきなりそれに加えて「訳す」も同時にやるのは、あまりに無謀。だから、シャドーイングでまず「話す」「聞く」の両方を同時に行って、同時通訳に必要な基礎体力をつけるのです。
「シャドーイングは同時通訳から訳す作業を引いただけ」と言っても、もちろんその「訳す」が一番大変ではあるんですが、シャドーイングで「話す」と「聞く」を同時にやる勉強法を継続することで、同時通訳に必要な基礎が身につきます。
通訳を目指す人のシャドーイング用教材
まだシャドーイングをほとんどやったことがないとか、今はTOEIC900点に満たないという場合は、普通の学習者向け教材に取り組んでシャドーイングに慣れるといいと思います。教材の選び方は、この記事に書いてありますので参考にしてください。
通訳者になるためにシャドーイングを続けて普通の教材が物足りなくなったら、何でもシャドーイング素材になります。YoutubeやTEDで自分が興味を持てるスピーチを探して、挑戦してみるといいと思います。TEDは英語字幕がありますし、YoutubeもCC(クローズド・キャプション)であればあることも多いので、聞き取れないところがあったら字幕で確認できます。
たとえば、このスピーチのように英語がはっきりして早口でなく、分かりやすいスピーチはシャドーイングに向いています。
私はよく、オーディオブックを聞きながらシャドーイングをします。特に自己啓発書で著者本人が朗読しているものは、著者の生き生きした雰囲気が声から伝わり、シャドーイングしていてとても楽しいです。Brian Tracyなどは、語彙も平易でわかりやすい発音なので、シャドーイングしやすいです。
お勧めの英語オーディオブックについては、こちらに書いていますので良かったらどうぞ。
上級者向けのシャドーイング
上は同時通訳のことについて書きましたが、じゃあ逐次通訳の場合はシャドーイングは役に立たないのか? いえいえ、そんなことはありません。
逐次通訳には、リテンションのスキル(発話を記憶する能力)が欠かせません。
発言者の言葉を、その瞬間は理解していたのに、いざ訳そうと思うと「あれっ?さっきまで覚えてたのに!!」なんてことは本当によくあることです。私は毎日でした。orz
メモはもちろん取りますが、全てを書けるはずはないので、最後に頼りになるのは記憶力。でもこれは瞬間的な記憶力で、訳し終わったら忘れていいので、普通の記憶力とは違うんですよね。
で、この瞬間的記憶力(リテンション)を伸ばすのに効果的なのが「ギャップ時間を伸ばす」シャドーイング。
普通のシャドーイングは、音が聞こえたらすぐ口に出していきます。
(手本) The predecessor gave a new manager a clap on the back.
(訓練者) The predecessor gave a new manager a clap on the back.
でも、このやり方の場合、できるだけ長く遅れて手本についていきます。
(手本) The predecessor gave a new manager…
(訓練者) The predecessor gave a new manager…
こうすると、常に単語を2~3個、頭にストックしておかなければならないことになります。そして、記憶だけではすぐに詰まってしまうので、自分の文法知識やトピックに対する予備知識なども動員しながらの推測も必要になります。これは結構ハードで、無意識に手本に追いつきたくなってしまうのですが、そこはグッと我慢。
最初は、何度も普通のシャドーイングをして慣れた教材を使ってやってみるといいと思います。
なお、リテンションの能力アップという面だけで言えば、シャドーイングよりリピーティングとディクテーションの方が効果があります。
リピーティングとは、1文を最後まで(または文の意味の切れ目まで)聞き、音声を止め、それを声に出して繰り返すトレーニング法です。
通訳トレーニングとしてのリピーティングは、「リプロダクション」とも呼ばれます。この場合、内容を自分の言葉で再現できれば一語一句同じでなくてもいいです。
ディクテーションとは、1文を最後まで(または文の意味の切れ目まで)聞き、音声を止め、それを文字に書き起こすトレーニング法です。
短期記憶(リテンション)だけでなくリスニング力の向上にも当然効果があるので、通訳を目指すなら必ずやるべきトレーニングだと思います。
普通のリスニング教材を使ったディクテーションで苦労しているようでは、通訳現場では全く足りないリスニング力しか身につかないので、ニュースやドラマなどを使ったディクテーションをするのがお勧めです。なお、私はこういう素材でのディクテーション訓練を始めるのが遅れたので、現場で苦労しました。
基本的なディクテーションについてはこの記事に詳しく書いているので、やり方に自信がなければ参考にしてください。
「同時に複数のことに注意を向ける」訓練をシャドーイングで
通訳として仕事を始めるまで、私はテレビでしか通訳を見たことがありませんでした。実際に会議通訳者がどのように仕事をしているか、全く知らなかったんです。
で、実際に会議の現場に入って何が一番驚いたかというと、通訳の先輩たちが発言者の言葉を聞き、メモを取りながら、同時に電子辞書で単語を調べ、さらに手持ちの資料のバインダーを開いてページをめくっていたことです。
「いっぺんにいくつのことを同時並行しとるんじゃ〜!!」と、本当にあっけにとられたことをよく覚えています。
最初は、発言者が話している最中に辞書を引いたりファイルをめくっている先輩通訳を見て、「先輩、ちゃんと発言聞いてます?ほとんどメモ取ってませんが大丈夫?」とこっちがオロオロしたものです。(笑)
でも、いざ先輩が訳し始めると、ほとんどメモを取っていなかったのにちゃんと発言の内容は把握できているし、しかも調べていた単語の訳も適切なのがちゃんと見つかっているし、ファイルの中の必要なページもちゃんと探し当てていました。
最初は超人技としか思えなかったのですが、通訳として仕事をしていくうちに、こういった芸当は私にとっても当たり前になりました。
通訳現場で高い集中力を発揮している状態では、発言のメモを取らなくてもちゃんと訳出できるし、同時に辞書や資料を調べていても耳は常に発言者の言葉に向いているという状態が作れるようになるんです。(もちろん、トピックによってはメモ取りで精一杯ということもありますけどね)
こんな「同時に複数のことに注意を向ける」という訓練の一つがシャドーイングです。最初は「聞く」と「話す」を同時にやるなんて絶対無理!と思っていたシャドーイングも、訓練を重ねるとできるようになりますが、それは二つの動作に注意を向けて同時に行うことができるようになったからです。
自分の言葉であるかのようにシャドーイングする
これは、私がシャドーイングで勘違いをしていて今後悔していることです。
私は、シャドーイングで長い間「自動的に英語音声を真似て繰り返す」という状態になっていました。そのせいで、シャドーイングでは英会話力がほとんど上がらなかったんです。
口では英語を自動的に繰り返しているけど、肝心な内容を理解していないということもありました。
シャドーイングを始めた当時は、シャドーイングが何に効くかとかよく分からずに、「とりあえず良いらしいからやってみよう」と思って始めました。続けていくと、TOEICのリスニングセクションが簡単すぎるくらいにリスニング力が上がったので、シャドーイングはリスニング力アップに効果があるんだと思っていました。
でも、それだとシャドーイング効果の半分くらいしか引き出していなかったんだと後になって分かりました。
シャドーイングとは、ただただ繰り返すのではなく、その発言が自分の頭から出ているような感覚で繰り返すのが大事なんです。私はこれに気づくのが遅れました。
話の内容をしっかり理解して次の発言を予測しつつ、その発言者になりきって、自分の発言として相手に伝えるような気持ちでシャドーイングすることで、英会話力ももっと上がっただろうと思います。
要するに、シャドーイングは「オウム返し」ではダメだということです。「意味を理解する」でもまだ不十分。それに加えて、自分の言葉として出ているような感覚で話すことが重要です。
英会話力を上げるためにはそれ専用の訓練をすることも重要で、通訳者志望の人にとっての英会話トレーニングは何を差し置いても瞬間英作文なのですが、通訳トレーニングとしての瞬間英作文については以下の記事に書いたので、読んでみてください。
以上、シャドーイングと通訳トレーニングという点でお伝えしましたが、いかがだったでしょうか? 私は本当に通訳を始めてから自分の実力不足に打ちのめされ、苦しいことばかりでしたが、あなたにとって苦しみが少しでも少なくなるお手伝いになれば幸いです。
最後に、なんだかんだ言っても通訳に特化した訓練をちゃんとやらなかったことが一番の後悔です。私は通訳を始めてから通信講座を受けましたが、これを最初からやっておけばどれだけ違ったか。お勧めです。