日本人が英語を読めないのは、間違った長文読解の授業が原因

日本の英語教育っていろいろ批判されていますが
私はそこまで悪者にされるほどではないと思っています。

「日本人は文法重視の教育のせいで会話ができない」
という批判はありますが、これは大きな誤解です。

文法は何をするにもめちゃくちゃ大切なので、
文法重視の教育は絶対にいいと個人的に思いますしね。

私は、フランス語はゼロから始めて4年ほどで
生活などには全く不自由なく話せるようになり、
字幕なしで映画も観られるようになったのですが、
文法の授業はたくさんありましたし、最初から徹底的に叩き込まれましたよ。



文法重視だから会話ができないんじゃなく
「会話の練習をしてないから会話ができない」だけ。
練習してないんだから当たり前。

まあ、授業時間には限りがあるので、何かを重視すると
別のものがおろそかになるのは仕方ない面もありますが。


とはいえ、「英語を英語のままで理解できない」という
日本人を作っている最大の原因は
やっぱり英語教育にあるのは間違いないです。

私が塾で英語を教えていたとき、
ある生徒の夏休みの宿題を聞いて私はぶっ倒れそうになりました。

高校2年生の夏休みの宿題が、なんと
「ペーパーバックを1冊読んでくること」だったんです。

ペーパーバックって言っても
「ペンギンリーダーズ」のような語彙が簡単なものに制限されて
読みやすくなっている学習者用の本じゃなく、
ほんとに普通のネイティブ用のペーパーバック。

それも、ただ「読んでこい」ではなく、
200ページほどある本のどこかが夏休み明けのテストに出て
「下線部を訳せ」とか「この単語はどういう意味か」など聞かれるのだ、と。

「アホか!!!」と思いました。

その子が通っていた高校は進学校でしたが、どんなに優秀でも所詮は高校2年生。
それも、2年生になってまだ間もない子たちです。
TOEICを受けさせたら、良くて400~500点台でしょう。

そんな生徒に、大人用のペーパーバックを読ませて
それが夏休み明けのテスト範囲とは、先生はいったい何を考えとるんだ、と。

もちろん、文法などのレベル的には読解は不可能ではないでしょう。
でも、それは「大量の時間をかければ」という条件付です。

案の定、その生徒は
いつものリーディングの授業でやるように
分からない単語を全部調べ、本の中に書き込み、
ノートに最初から日本語訳を書き、

「まだ190ページもある!これじゃ間に合わん。どうしよう先生!!」
と泣きそうになっていました。

知らない単語を全て調べたり
全部を日本語に訳していてはとても間に合わないのは
先生だって分かっているでしょうから、

「分からない単語があっても
 話の内容がだいたい分かればよい、というスタンスで
 どんどん英語が読めるようになってほしい」

という意図のもとで出された宿題だったのでしょう。

でも、そんな訓練をしていない上に
高校生には明らかに難しすぎる小説を読ませても
どんどん読み進めることなど絶対に無理です。

生徒がいつもの英語の授業と同じように
知らない単語を全部調べて、全文を日本語に訳さないと
理解できないのは、仕方のないことです。


思い出してみてください。

あなたの高校の時の英語の授業って、
どんな授業でしたか?

まさに
「難しすぎる英語を全部日本語に訳させる教育」
じゃなかったですか?

リーディングの授業で出てくるのは、
返り読みでもしなきゃ全くもって意味不明で難解な長文。

全部日本語にしてみてはじめて、やっとおぼろげに理解できる。

そうでしたよね?

そうやって、私たちは

「全部日本語にしないと理解したとは言えない」
「英語の勉強とは難しい英語にたくさん触れるもの」

という考えを当たり前のように
押し付けられてきたのです。

これでは、私たちが英語を英語のままで
スラスラ読めることができるようにならないのも無理もありません。



でも、今日このページを読んでくださったあなたには
これを覚えておいていただきたいと思います。

「全部日本語にしないと理解したとは言えない」
「英語の勉強とは難しい英語にたくさん触れるもの」

という考えは、幻想ですので、捨てましょう。
英語を英語のままでスラスラ読めるようになるには、まずここからです。



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